身体の零度―何が近代を成立させたか (講談社選書メチエ)
価格:¥ 1,890 (税込)
出版:講談社
カテゴリ:単行本
ページ:284頁
JAN:9784062580311
Amazon.co.jp 売上ランキング:本で231618位
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レビュー
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考えさせる論考、面白い、見事! Date:2007-07-20 おすすめ度 ![]() 本書は、タイトルの通り、「近代」という時代の成立の根源を、身体性の問題から探るもの。今日様々な形で論じられる「身体性」の問題を、「文明批判」「文化批判」といった切り口から、歴史的な観点に定位して取り上げている。タイトルからも推測されるように、ポスト・モダンの思想を背景にふまえているものであるが、論旨は明快、論述はむしろ古典的で手堅いもの。豊富で適切な実例の提示(文学作品や、歴史的な文献からの引用など、唸らせるものがある!)と、念入りな先行論文の引用によってこうした主題にあまりなじみのない読者も、十分楽しめ、また考えさせる内容となっており、「身体論」を考える上での、かなり上質な入門書となっている。「身体加工」「表情」「動作(所作)」「舞踊」と、身体論の基本的な主題を順番に論じていくが、その論考の定点となっているのが、「身体の零度」という主題。「裸で何も塗らず、形を変えず、飾らない人間の体」というものを、標準の人間の在り方として受け入れるという、この「身体の零度」の成立が、「近代」というものを形作る上で不可欠であったという洞察が示された後で、この「近代」の成立と引き替えに失われてしまった「身体」の回復の試みが現代の「舞踊」の在り方に探られる。そしてその後は? 展開のふくらみを期待させる、刺激的な思索の試みである。 |
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world's end Date:2005-03-25 おすすめ度 ![]() 近代(現在から見た時間軸上としての。当時から見ればもちろん現代)という時代、世界に対して感じる圧倒的な違和を文章に託した物が「文学」と呼ばれ芸術と評価されアイデンティティを補完できていたということがある種羨ましくも思えてしまった。そしてイデオロギーが壊死した「現代」が急速に向かってゆく既成概念の死、世界の終わり、終末観が意識されると共に(終わりが始まりである様に)新しいスタンスの創造を期待できる。 |
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危険をはらまない理念に力はない! Date:2003-10-02 おすすめ度 ![]() 力を持つものは必ず危険をはらむ。 私たちは安寧を求めたがるもので、近代化の力を否定的に語ることで自分から権力や危険を遠ざけた気になりたがる。 しかし私たちの可塑的な身体は時代の動きに敏感で、状況に反応しながら状況を作り上げるものだ。このような可塑的な身体が、可塑的であること自体に価値を見出されたのは、近代になってからのことである。 この無限の可能性を秘めた「身体の零度」という観念こそが、近代化の原動力であったのだ。近代化も、規律訓練も良しあしだ。だが、著者は私たちのように近代化の功罪を云々したりはしない。大切なのは、その近代の中心にあったのがほかならぬ自分たちの人間的身体であったということ。 乳幼児の発達に関する理論やちょっと前の日本人の(!)運動会の様子、オリンピックのイデオロギー、そしてバレエの2大表現様式と、興味が引かれる事例が連なっていて、飽きない。 こうした事例はトリビアネタにも活用できるでしょう。ですが、私たちの身体を私たちに直接的なものとして引き受けようとする理念じたいは決してトリビアルなものじゃあありません。 危険をはらまない理念に力はないのです。 |
