三島由紀夫―ある評伝

原著 John Nathan , 翻訳 野口 武彦
価格: (税込)
出版:新潮社
カテゴリ:単行本
ページ:346頁
JAN:9784105057022
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エディターレビュー
なぜ三島由紀夫の評伝をアメリカ人が書けるのか、と日本人読者が奇異の念を持つのは最初だけはやむをない。しかし本書をひもとけばハラキリの「MISHIMA」ではなく、まさに作家としての「三島由紀夫」を書きえたネイスンの達者な筆使いに一驚するだろう。
この見事な評伝における三島理解は一貫している。特異な家庭環境で育った蒼白な「平岡公威」に胚胎した「運命=美=死」という「聖体共在(コンサブスタンシエーション)」を著者は指摘し、この「浪曼的憧憬」の発展形として後半生を跡づけようと試みる。すなわち「感性の密林」を持て余す三島は、たとえば『仮面の告白』で描写されている「神輿の担ぎ手」の「陶酔」から「『悲劇的に』隔てられている」ような引け目を感じていたという。不健康なこの資質「血と夜と死の世界」に訣別しようとした三島はギリシアと遭遇し、「陶酔」に見合うべく肉体(自己)改造を試みたものの、後年再度「ロマンチックの病ひ」が噴出した、という観測である。だから三島の右傾化にはあくまで「仕掛け」という留保をつけ、「文化防衛論」ではなく『太陽と鉄』線上に死の真実を見る。その意味で政治性に偏した幾たりかの解明に比べ、本書は作品論から丁寧に読み解いた実存的な三島解釈の代表格にもなっている。
さて『午後の曳航』を英訳している著者にはまた大江健三郎の翻訳などがある。「ノーベル賞を飢渇しつづけた」三島からの申し出が興味深い挿話としてつづられているが、三島の正式な翻訳者という立場を断ってまでネイスンがその当時翻訳していた作品が、結果的に後年ノーベル賞受賞に貢献した大江の『個人的な体験』であったという話は、本書が新版発行されることで改めて見出された歴史の皮肉としかいいようがない。(中島 岳)
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