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日本辺境論 (新潮新書)

価格:¥ 777 (税込)
出版:新潮社
カテゴリ:新書
ページ:255頁
JAN:9784106103360
Amazon.co.jp 売上ランキング:本で43位
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レビュー
「論」というにはあまりに軽い Date:2010-02-03
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他者との相対性の中でしか自らの思考と行動を規定できない日本人の本質を「辺境人」という概念を用いて面白く
描かれていると思います。筆者自身、丸山真男等の議論の受け売りであることを認めていますが、丸山等の議論が
コンパクトに紹介されているところに、この本の価値があると思います。
ただ、論旨の展開は、(著者特有の語り口で一見小気味いいように思えるものの)よくよく読むと疑問だらけの感が
否めません。例えば、日本人のロジックはいつも「被害者意識」と断じていますが、「被害者意識」のロジックを振り
かざしているのは、別に日本人だけに特有のシンドロームではありません。著者が「辺境」の対概念とする「中華」
=中国の行動原理でさえ、「被害者意識」のロジックが見られます。
著者独特の語り口を楽しむにはいいのですが、説得力のある議論を期待した向きにはとても耐えられない内容でし
たので、星2つとさせていただきました。

日本人論の雑学的エッセイ Date:2010-01-31
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何か以前に目にした論調だなぁと思えば、「こんな日本でよかったね」の内田さんでした。

繰り返し語られる日本人論ではあるが、あえて、己を忘れないよう再認識するためということで、繰り返している。それでこれだけ評判を呼ぶのであるから、著者の狙い通りなのかもしれない。私にとってもどこかで聞いたような気がするものもあったが、確かに再認識できた部分も多かった。

表意文字の漢字と表音文字のかなを、日本人の脳は、漢字を図像対応部位で、かなを音声対応部位でそれぞれ処理している、という部分は興味深かったです。思考をする部分に直結するだけに、国民性に与える影響もあるように思われました。
本書の「日本人の国民性が●●」ということが、日本人特有か検証されたのか? Date:2010-01-30
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著者自ら、新しい日本人論ではない旨書いておられます。こういう固い本が売れているのは読書好きとしてはうれしいです。
近隣諸国の反日行動に批判的な考え方の人が、近隣諸国がこんなひどいことをしているから、日本もして良いという論法はおかしいという指摘は、同感です。まちがった外国のまねをする必要はありません。
ただし、この本には、引用されている丸山真男先生の日本人論と同様の疑問があります。それは、「日本人は●●という国民性だ」という事実は正しいとしても、それだけでは、日本人特有の国民性か、結構多数の国民にもある国民性か判らないので、多数の国民を調べてから、●●は日本人特有の国民性であると結論を出すべきと考えますが、それがなされたように見えないのです。
国民性の日米比較はしていますが、それだけでは、どちらの国民性がその国特有か判りません。
例えば、大戦後、日本の政府幹部が、私は実は戦争に反対だったと主張したことを日本人の国民性としていますが、昨今の戦争での多くの敗戦国も同様ではないでしょうか?責任逃れの発言ですが、別に日本特有ではないのでは?
米国民の国民性が世界の国民性の標準だという調査結果があるのなら、著者の主張は成り立ちますが、そうなのでしょうか?
同じ疑問が丸山先生の本にもありますが。同様の結果になっているようです。
センセイの狙いは仏教文化を未来の日本の背骨にすることではないかと、評者は密かに思う。 Date:2010-01-23
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 ざっくり言うと、こうした論は西洋的な実体的主体と日本の関係的主体の対比にあると思う。西洋的な実体的自我の堅固さと日本の自我の脆弱性というかしなやかさとの対比。世界に類例がないハイブリッド言語たる日本語の、たとえば「私」を意味する言葉の多様さはその一つの表れだろう。この関係的な「私」とは宇宙を反映する多様な微分的偏差(限りなく無となっていく)としての「私」にほかならない。ここには仏教的文化、とりわけ禅文化の浸透がある。近代化する以前の主体というものは、日本人にとっては微分的な偏差としての無限に相対化し続ける主体であったのかもしれない。というか西洋の大きな自我というものが必要ではなかっただろうし、特に仏教文化の蓄積とその無意識レベルでの浸透が大きかったのであるまいか? 資源が乏しく今ある物から工夫して新たなものを見出していく知恵や、外国から貪欲に、無節操に取り入れる開放性が辺境人としての日本人の特性は卑下すべきものではなく、むしろ宣揚すべきだろう、というのがセンセイのご意見。

学ぶということも、この仏教文化のなかから自然に発現してきたのではないか? 禅と武道(だけではないが)が結びつき、剣術の極意がこうした禅的主体の日本的特異性にあるとしても不思議であはあるまい。氏はそれを「先駆的に知る」という術語で語る。死活的に重要なことをいかなる論拠なく確信できるということであるらしいが、そうした能力を氏は「学ぶ力」だともいう。これが現在劣化していると。『「機」の思想』というこの章ではとくに論が錯綜していて、時間論にも繋がるらしいが、難解。引用も洋の東西問わず目まぐるしく、やや先を急ぎすぎているという印象だ。今後の思想の深化に期待したい。センセイの狙いは仏教文化を未来の日本の背骨にすることではないかと、評者は密かに思う。

おまけ。P185(5刷)「首切り朝右衛門」の引用文中「涅槃経」のルビ、これでいいのでしょうか?
と、P196「嘆息」の使い方、こんな用法ありですか? 間違っていたらごめんなさい。

我々、日本人を感情的にする源は・・・辺境人としての文化的劣等感である。That’s it! Date:2010-01-22
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日本人の”日本人とは何か“というアイデンティティ探しの多くの奔走は滑稽である。なぜなら、大見えを切って…かくなる理念によって”我が国“が建国されたのではないことが明からである。全ての文化は他の地からの伝搬、伝承であり、我が国民が納得しうるオリジンなどないからである。
本書は、日本人の“おのれの理想・行動の一貫性よりその場の親密性を優先する”などの日本人特有(滑稽)ともいえる精神・行動特性を論じ、一見高邁であっても・・・それは、文化的劣等感の裏返しであり、劣等感を克服できずにいまだに苛まれている。だから、周りの動向を敏感に察知しながら生きざるを得ない“辺境人=日本人”であると述べる。著者は、これらの事情を先人の研究を整理しながら…多くの話題について述べている。
著者のように自らを辺境人の一人と認め、その精神空間で楽しまれるのもご自由です。日本人は辺境国であることのメリットを十分に受けてきたが・・・グローバルな世界ではどうでしょうか。
原爆の我が国における開発は実際に行われましたが、極初期段階で当然挫折(この話は、それに携わった今は亡き方々に直接伺いました)。本書にあるように、もし日本が原爆をアメリカより早く開発して保有していたら、当然の如くに使用していたことでしょう。その部分の記述に対するレビューアーの稚拙な反応にビックリ!我が日本国は“同胞の命”さえ“物質に過ぎない兵器”の代わりとした(神風特攻隊、人間魚雷回転など)・・・この事実はあまりにも重いと思うが。また、ブッダの本当の教え(原始仏教)は、ブッダの死後約100年で滅び、インドにおいても忘れ去られた。それを復元・再構成したのは19世紀のヨーロッパの仏教研究者である。日本人がそのことを知ったのは明治以降のことで、元来の仏教は、皆さんが普通に知る日本仏教とは違うものである。これは、知っておかねばならない世界の常識である。
本書のような思考をされたことのない若者には読んで、更なる自らの考察に進んでもらいたい。

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