1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)
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ユーズド:¥ 480より »
出版:早川書房
カテゴリ:文庫
ページ:422頁
JAN:9784150400088
Amazon.co.jp 売上ランキング:本で53392位
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レビュー
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現代にも通じる内容 Date:2009-11-05 おすすめ度 ![]() 対独戦が終結した1945年5月、独裁者を風刺した「Animal Farm」が出版され、この作品で初めて世俗的な名声と莫大な収入を著者は得た。しかし無理を重ねた生活がたたったのか結核を患い療養と執筆活動を兼ねてスコットランドの孤島に引きこもる。そこで書かれたのがこの「1984」で、作品の完成後南部のサナトリウムに移るが、出版の翌年には46歳の若さでこの世を去る。よってこの作品が著者の遺作になった。 時代背景としてスターリン体制化のソヴィエトを強く意識して書かれているのは「Animal Farm」同様であるが、ここでは巨大なマスコミ組織、言語の簡略化の動き、そして権力集中が自己目的化した権力欲などを風刺の対象にしている。著者の健康上の問題もあってか、「Animal Farm」のような風刺劇としての切れ味はないが、単なる反共プロパガンダに終わらず、支配のさまざまな形が持つ日常的な可能性の恐ろしさを提示している。 例えば、どのチャンネルをひねっても同じ事を話題にして同じ事をいうワイドショー。そこではコメンテーターが出てきて個人の意見をいっているようで、なぜかみな同じ事を主張している不思議。携帯のメールで使われている言葉はどんどん簡略化、記号化されていることに文化的危険性を考えてなくてもいいのだろうか?世界のグローバル化はより権力集中を加速し、単なる権力欲のみで戦争を始めていないだろうか? 今回村上春樹氏の著作によって再び日の目を見たといっていいが、書かれた内容は普遍性を持ったテーマで描かれていて少しも古びておらず、内容はいささか難解なところもあるが、今読むに十分な価値がある。 |
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全体主義、共産主義の戯画 Date:2009-08-07 おすすめ度 ![]() 全体主義、共産主義に対する戯画です。 教訓的なのは、ことばを制限することは思想を制限することにつながるということです。「拉致」を禁止し「ら致」と書くべし、などという簡略化、平易化はもしかしたら愚民化政策かもしれません。 とにかく政府に大きな権力を持たせないように気をつけなければなりません。 |
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新訳に期待 Date:2009-06-23 おすすめ度 ![]() 今や古典もいいところの1984年ですが、新訳がハヤカワepi文庫から、7月に発売されるようですね。楽しみです。 |
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ユートピア≒ディストピア Date:2009-05-07 おすすめ度 ![]() 近未来の(執筆当時が1949年での近未来『1984年』設定です)地球、世界は3つの超大国に支配されていて、その中のひとつ「INGSOCイングソック」に暮らす主人公ウィンストン・スミスの目を通したユートピア≒ディストピア的不条理ものです。 完全に日常生活が監視され、言語を新語法(ニュースピーク)という新しい言語(極端に語彙を減らす!)に変え、生活をテレスクリーン(音声と映像を流す上にこちら側も監視される機械)に何処も彼処も監視される生活に変え、思想を二重思考(ダブルシンク)という反対語を含む思考に変え、それでも日々の中から芽生える批判性を(猜疑心を、何かを求める自由を、いや愛情を!!)いかに脳内から『かい出す』か?それが出来れば世界が黄金郷になる、という完全な支配を求め実行する権力者、『偉大なる兄弟(ビッグブラザー)』を頂点とする党が支配する世界を、ウィンストン・スミスがどう生きるのか。 結末の重みも、それに至る過程の非常に厳しい道から、余計に重く、また普段私の生活する世界からあまりにかけ離れた世界だからこそ想像の完全なる外(あくまで私のですが)を見せてくれました。殉教者を生まない徹底さが、権力の大きさと強さと完全性が、非常に恐ろしい世界です。 党のスローガンである「戦争は平和である 自由は屈従である 無知は力である」を最初に読んだときは、意味不明な反対の意味を持った単語を配置することで得られる違和感しかなかったものが、後に背筋を凍らせるような意味を理解させる、文字の持つ字面だけの意味を超えて感じさせる理解が、また非常に恐ろしいです。 社会の成り立ちに、ディストピアに、興味のある方にオススメ致します。もっと強くオススメしたくなるのはやはり「未来世紀ブラジル」が好きな方でしょう、私は大好きな映画です。 |
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おそろしい作品 Date:2009-05-02 おすすめ度 ![]() おそろしい作品だった。 トップが2+2=5と言えば5、6と言えば6。 さっきのさっきまでは、A国と交戦し、B国と同盟を結んでいた、という情報が次の瞬間にはB国と交戦し、A国と同盟を結んでいたという情報にすり替わってしまう。のみならず、すり替えられた情報は、今、起こったのではなく以前からずっとそうであった、ということにされてしまう。また、上書きされる前の情報、その記録は、ひとつ残らず消去され、人々の記憶からも消去されてしまう。そもそも、本当に戦争しているのか? なんのための情報操作なのか? 疑問だらけになりながら、ページを繰った。 記録は消されても、記憶を消すことは出来ない。肉体の自由を奪われても、心の自由は奪えない。主人公ウィンストンの信念に触れ、彼を応援しながら読んだ。 読後、ひとかけらの希望をも感じることができなかった。おそろしい作品だった。 附記。この作品を読みながら私は、なぜか恩田陸の「ロミオとロミオは永遠に」を思い出していた。戦時下の検閲も想起される。私の好きな太宰治は、表面上は自国を称賛する表現を用いながら、その実、自国を批判する、という粋な戦いを文学の上で実践した。それは、大東亜の親和を謳いながら、その実、自国の幸福を追い求める軍部の姿勢――本作における〈二重思考(ダブルシンク)〉という発想にきわめて近い気がするのだ――のパロディであり、それへの批判だった。本作はだから、戦時下の文学を読み解く一つのテキストとなりうるかもしれない。 ウィンストンも女もせっせと食べていた。二人とも食べているのはあまり実のないシチューで、実際はインゲン豆のスープに近かった。 村上さんは、あるいはこの一節をもとにして、青豆、という姓を持った女性を『1Q84』に登場させたかもしれない。 |



