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「坂の上の雲」と日本人

価格:¥ 1,800 (税込)
出版:文藝春秋
カテゴリ:単行本
ページ:291頁
JAN:9784163680002
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レビュー
関川夏央氏は鉄ちゃんでもあった! Date:2010-02-22
おすすめ度
関川夏央氏の「『坂の上の雲』と日本人」(文春文庫)を読むと、関川氏が無類の「鉄ちゃん」、つまり鉄道好きだということがよく分かる。日露戦争当時の日本の鉄道網について薀蓄を披露し、「坂の上の雲」の中の記述に不可解な点があると指摘している。一般読者にしてみれば、あまり本筋とは関係のない、どうでもいいことなのだが、鉄道オタクにしてみると、看過できないことなのだろうな、とほほえましく思う。

  と同時に、関川氏はかなりの軍事オタクでもある。日露戦争のディテールになると、「坂の上の雲」を超えて、やたらと詳しい記述が登場する。それはさておき、同書で一番啓発されたのは次のような一文だった。

<司馬遼太郎は日露戦争までの日本を、若い健康な日本と考えました。若くて健康な日本の受難とその克服を、「坂の上の雲」にえがききったわけです。しかし、その健康であったはずの明治の四十年がその後、昭和二十年に至る不健康な四十年をなぜ生んだのかと考え続けたのでもありました。彼はそれを(・・・・・)「奇胎の四十年」としるしています。>(P301)

  それに続けて、関川氏は、「では、太平洋戦争後の40年間はどうだったか」と問う。明治維新後の40年が上り坂であり、その後、今次大戦に突入するまでの40年が下り坂であったとするならば、戦後の40年間はどうなのかと。そして、そのことを説明するために、船曳建夫氏の「『日本人論』再考」からこう引用する。

<・・・・個々の人間が自由にその人生を過ごし、個性のあふれた生活をすること。民主主義の下、社会から階層的な較差を廃し、平等を社会の中に、また男女の間に実現すること。そして、平和を専一として、それを至上の価値とすること。
  これらが戦後を担った、戦前から戦後にかけて活動し、戦前の反省を胸に刻んだ第一世代と、戦後の回復と高揚の実働部隊となった第二世代が、実現しようとしたことがらであった。これからの数十年を担う日本人は、そうした戦後の四十年に生まれ、その理念で育てられ、教えられた人々のことである。>(P304)

  戦後の四十年間がそのような「坂の上の雲」であったなら、その後の40年間(そこには現在も含まれるが)は「坂の下のドブ」、あるいは「奇胎の四十年」と変わり果てる蓋然性は、これまでの国民的性向を鑑みればかなり確度の高いものだと思わざるを得ない。そして関川氏は、嘆息でもつくようにこう書き記すのである。長くなる。

<昭和戦後の第三世代は明治の第三世代よりも、はるかに経済的に恵まれていました。親は彼らを徹底して守りながら、個性をのばせといいつづけました。その結果、音楽やスポーツなども得意で、「人が人の上に立つことを嫌い、男女が平等であることを」自然に受け入れ、「平和ということがいかによいことか、争いと摩擦は極力避けなければならない」と信じる日本人が多数出現しました。先行世代の「戦後の夢」はかなえられました。
  そんな彼らが、自由が制約との緊張関係のあいだに成立することを理解せず、また、ただ好きなことだけをして生きて行くことが「個性的生活」であると短絡し、人の上に立つことを「平等」のエクスキューズのもとに異常に恐れ、また「平和」を個人的レベルで実現するために他者との関係を、摩擦も融和もひっくるめて拒絶した「引きこもり」となったとしても、育てられ教えられたようにふるまっているだけなのだと考えることができる、と船曳さんはいいます。戦後の四十年には明治の四十年ほどの緊張感はありませんでしたし、その「平和」の理念にはあなたまかせのところが少なくありませんでしたが、おしなべてよい時代だったでしょう。しかしよい時代がよいものを次代に引き継ぐとは限らないのです。>(P306)

  痛ましい指摘だが、われわれはその痛ましい時代の渦中を喘ぎながら生きているのである。
「坂の上の雲」をより深く味わいたい方へ Date:2008-06-28
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 本書は司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の背景にある、近代日本の青春期といえる明治日本、さらに司馬その人に関する薀蓄を、これでもかというほど堪能できる、司馬作品が好きな読者にとってはたまらない本だ。一応「坂の上の雲」のストーリーに沿った構成になっているが、全体が司馬の歴史小説にしばしば出てくる「閑話」の続きのようでもあり、「坂の上の雲」を読んだあとにその解説書として味わうのが最高でしょう。個人的には、司馬が1960年代末期に過激化した学生運動について、「彼らは国家の軽さにとまどってあばれているのだ。」と指摘しているのにはなるほどなあと思った。
「坂の上の雲」を解き明かす Date:2006-04-20
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 国民文学「坂の上の雲」の問題点を丁寧に解き明かした読者に親切な新刊である。「です」「ます」調の文体も親しみがもてる。

 子規の幼なじみの秋山真之は対バルチック艦隊の作戦を考案しました。その兄好古は日本に騎兵という概念を持ちこんで、満州戦線では強悍なコサック騎兵集団とわたりあって、「かろうじて潰滅をまぬがれ、勝利の線上で戦いをもちこたえた」人です。特に秋山真之は天才といわれました。事実、物語の後半では、天才らしくえがかれた部分もあります。
 しかし、司馬遼太郎は彼らは天才ではないというのです。時代の人、普通の人だというのです。(中略)
 こういう時代とその時代精神を、この作品で書きたかったのだと思います。その意味で、三人の青年をえがいて同心円状に広げていったら日露戦争につきあたった、といういいかたは、やはり彼の本意なのです。

 興味の持てる内容をピックアップして紹介しているところもおもしろい。日本近代文学史に俳句・短歌の革新の足跡を残した正岡子規。食欲旺盛な晩年の子規…明日死ぬかもしれないのに、痛がりながらも食べ続けたのは、病気によって満たされなくなった表現欲が食欲に転化したということではないのか。「鰯十八匹」「西瓜十五切れ」これだけの質量を、親の仇のように食べたという(雅)
関川教授の名講義・最良の作品案内 Date:2006-04-14
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大学の先公(by故・安原顕)もしている関川夏央氏が若い人への講義調で語る『坂の上の雲』論。

『坂の上の雲』に書かれてあることはどの程度「史実」なのか?というのは愛読者ならばこそ抱くであろう疑問だが、本書のかなりの部分は「旅順攻防戦の乃木大将は愚将」「日本海海戦はT字戦法で勝った」などの司馬遼太郎が戦後日本の「知識的大衆」に再紹介することで定着するに至った説の再検討にあてられる。そして微妙な乖離や「司馬史観」的断定を指摘することで、司馬文学をかえって称揚することに成功している。

日露戦争への歴史的研究自体、この司馬遼太郎の長編小説のヒットによってはじめて活気づけられ、小説執筆時は利用できなかった新史料の発見や再解釈がその後陸続したことが指摘される。―このあたりわが国の歴史教師ギルドは猛反発するだろうが、でも実際そうだったんだから仕方がない。―「史実」や新しいヨリ合理的な解釈と小説の描写とに乖離があるのは、作家や作品にとって決して不名誉なことではないのだとわかる。

司馬遼太郎と藤沢周平を殊更に対比的に扱い、前者のファンに保守党政治家や経営者が少なくないのを作家や作品の瑕疵のごとく何やら意味ありげにあてこする佐高某などとは、広義の「司馬便乗本」といっても志が違うであろう。

ただし本書の多くの議論は、他の人の説の咀嚼ないし受け売りでもあるので、新情報だけを求めるとどうでしょうか。いわゆる関川節のファン以外にはその点でどうかしらと思いました。私はファンなのでどうということもありませんし、これを機会にさらに多くの人たちが魅惑の関川節に浸れと思いますが。
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