多読術 (ちくまプリマー新書)
価格:¥ 840 (税込)
出版:筑摩書房
カテゴリ:新書
ページ:208頁
JAN:9784480688071
Amazon.co.jp 売上ランキング:本で11055位
おすすめ度:
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レビュー
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著者の深い読書分析は村上春樹氏の言説と鏡像関係でした。読書家には特に薦めます Date:2009-11-06 おすすめ度 ![]() 著者は数万冊の叢書を持ち、ハイソな人達が家に出入りする京都の家庭に育つも父の死で借金を背負い、広告代理店に勤めて借金を短期で返済し、自らも出版社を起業するような、深い知識・経験・バイタリティを持つ松岡正剛氏。 読書の意義・意味・読書法等について様々は作家や思想家達の言葉が適切に引用され、また自身の言葉で見事に表現できる懐の深さに感嘆しましたが、読者としての著者の言葉と作家としての村上春樹氏の言葉が鏡像関係にあることに気付き、本の深遠さを垣間見ることが出来ました。 多くの重要な書籍も紹介されており、万人に一読の価値有りですが、特に読書好きにはお薦めします。 松岡正剛氏 ・著者が「書く」という行為は、読者が「読む」と言う行為と極めて酷似している ・読書は「伏せられたものが開いていく」という作業 ・読書は他者(作家)との交際なのです ・僕の読書術があるとするとその根底には、何かぎりぎりのところで他者に攫われてもいいと思っている感情があるわけです。それは自分の中に欠如や不足や穴ぼこができるかどうかという、ちょっとすれすれの読み方です 村上春樹氏 ・僕にとって小説というのは、調度自分の中に深く埋もれている遺跡を発掘するようなものです ・大事なのは作家が作品の中でどれだけ自分を深く表現できて、それがどれだけ深く読者の心に届くかということです ・大げさな言い方をすれば、小説を書き続けるというのは、破壊性との間断なき闘いなのです |
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なかなか興味深い Date:2009-10-06 おすすめ度 ![]() 一部のことに関しては、 あまり目新しいものは見当たらないものの、 著者の読書に関する熱意には非常に 好感を持つことが出来ました。 特に必見なのはきちんと 読書に当たって参考になる本も 紹介してくれていること。 意外に読書はネタがないと読めないので こういうのがあると助かるものですよ。 あとは良書ばかりを読もうとしないと言う考えにも 好感が持てました。 面白い本でした。 |
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松岡正剛が語る、読書「道」。 Date:2009-09-29 おすすめ度 ![]() 本読みのプロ中のプロ、松岡正剛が語る読書本。 世の中に氾濫する「読書術」は、いかに効率的に(それこそフォトやレバレッジに)知識を抽出・吸収して、 読み捨てて、自分への投資活動を行おうという形で語られる。 それはそれで良いし、その方向の読書に価値をおいて、 僕自身もその読書方法をいま勉強中で、覚えようとしている。 しかし、それはそれとして、この本−松岡正剛の語る読書術−は 少年時代からの「本好き」としての自分の血を騒がせてくれた。 この本は、「術」というよりは、セイゴオが考える「読書とは?」というものであり、 読書「道」を語っているイメージに近い。そう、ビジネスライクな本の読み方ではなく、 趣味やライフスタイルのひとつである「読書という行為」、「読書への思い」、それを語ってくれています。 (語りおろしのインタビュー形式) 少しセイゴオさんの言葉を拾い、抜き書きしていきます。 例えば本はいろいろな読み方をするべきだと熟語の造語を羅列する。セイゴオの語彙力と想像力とユーモアには圧巻! <これらはメタフォリカル(比喩的)な言い方なので、なんとなくわかったような気になってもらうためのヒントなのですが、以上のことをわざとちょっと熟語っぽく言うとすると、たとえば次のようにななりますね。「感読」「耽読」「惜読」「愛読」「敢読」「氾読」「食読」「録読」「味読」「雑読」「狭読」とか、また、「乱読」「吟読」「攻読」「系読」「引読」「広読」とか、それから「精読」「閑読」「蛮読」「散読」「粗読」「筋読」「熟読」「逆読」といったふうにね。それぞれがどういう読み方か、想像してみてください。> これを読むだけで、凝り固まった自分の読書への想像力を広げてくれる気がします。 同時に、読書はメンタルなだけではなく、フィジカル(肉体的)な存在とも述べています。 例えば、「食」はどのような状況で食べるかによって美味しさも変わるし、食べる量も変わる。 読書もそういったものであり、もっといい加減に(かしこまらずに)体験すればいいと言っています。 そして、これが非常に面白い。 <これはおそらく、ぼくがワイルの味蕾を使って読んだからです。> 書き手の思想や書き方や言葉づかいは、われわれには持っている受容能力では処理できないものがある、 プラトンが読めなかったんだけど、ワイルを読んだ後に再読してみると、プラトンが読めた、と。 つまり食でいうところの「味蕾(みらい)」と同じように、読書にも「感読レセプター」というのがあり、 色んな自分のレセプターを対応させていく、成長させていく、開発していくことに喜びがあると言っているんです。 これは音楽でも映画でも絵画でもそうですよね。レセプター、非常に面白い概念です。 さて、こういった読書との関わり合いには自分の知識・経験が関係するし、 本と本がもっている「つながり」がある、と。 <ですから、世界の本は総じて「書物の海」や「テキストの森」を脈々と形成しているわけですが、ということは、そのあいだのどんなものも本にもテキストにもなりうるということです。逆にどんな出来事にもいくつかのテキストがありうる。(中略) で、ぼく自身のことを捉え返してみると、ぼくは何かのおもしろい本に出会うと、その本の中から別の本につながっていくことに夢中になってきたわけです。まあ、タコ足配線みたいなものですが、いいかえればインターテキストに入っていくことが好きだったわけです。> 例えば松岡正剛の「千夜千冊」には、膨大な内部リンクが貼り付けられています。 それは、例えばあるキーワードは辞書的な意味ではない、 それこそ読書の歩みによって蓄積された知識・経験としての言葉を明示するためなんです。 そう、言葉や文章の定義づけは文脈や知識や経験で変わる。 それらは読書を通して豊かにしていける。 それを体現しているのが、松岡正剛の生き方であるし、松岡正剛が表現した「千夜千冊」であるし、 今回語った「多読術」なのだ。 でも、何よりも <これは、いわば「本に攫(さら)われたい」ということなんです。「異人さんに連れ去られたい」ということなんですよ。そういうことがないと、読書は平坦なものになりすぎる。このことはいくら強調しても強調しすぎることはありません。> このフレーズにピンとくる人、あなたはこの本を読んで絶対に損することがないと思います。 あなたは既に読書の魅力に気付いているんだから。そしてもっともっと読書が好きになるから。 |
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圧倒されて、満腹状態 Date:2009-09-29 おすすめ度 ![]() インタビュー形式なので読みやすかった。 多読のススメ? と、その方法? そして編集する! なのだろうけど、膨大な本の量と、著者の読書量に圧倒されてしまった。自分の脳の記憶容量が矮小に思える。 多読から編集することって、なんだか宇宙空間に漂うみたいなイメージを連想。著者のwebサイトも拝見して、やっぱり、圧倒された。本を読みたいという気持より、膨大な本量があることに飽和状態になってしまった。一生かかっても人間の読める本なんて限られているんだと思って。 |
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この本を2回読んだ上でレビューを書きます。 Date:2009-09-21 おすすめ度 ![]() 1度目に読んだ時、内容が全く頭に入ってこなかったんです。 あまりにマニアックな印象があったので。 ただ、2度目に読んだ時、松岡氏が小さいころからいかに本と接する機会に恵まれていたかがよくわかり、また何かの受け売りではなくご自身の頭で考え、本と本との関連性をつけ、結果的に多くの本と繋がりを持っていることがわかり、これこそまさに「本豪」(「酒豪」にかけた、松岡氏の本中での造語)なんだとわかりました。 また、松岡氏自身、「読書法にこうあるべきというものはない」と考えている所に、好感を持ちました。 そして、ここで松岡氏が言われている「多読」とは、「いかにたくさんの量を読むか」ではなく、そこから一歩進んで「たくさんの量を読んだ後、いかにその知識を定着させるか」という域で語っている印象があります。そのため、「なかなかたくさんの本が読めない。どうすれば同じ時間で今よりたくさん読めるのか知りたい」という方向けの本ではないように思います。 私自身は、そして特に独自の読書論を語るにあたり、コミュニケーション論に広げているのはいいのですが、科学の分野まで広げているのは、ちょっとわかりにくかったのもあり、星を少なめにしました。でも悪い本ではないと思います。 |


