イタリア紀行(中)

編集 上妻純一郎 , 翻訳 岩崎真澄
エディターレビュー
お待たせしました。ゲーテ『イタリア紀行』の中巻です!
この巻では、ゲーテはナポリとシチリア島を旅します。豊富な写真とともにゲーテとの旅をお楽しみください。

(この本について)

 この本は、ゲーテの『イタリア紀行」三巻本の中巻にあたります。

 この本は、近代デジタルライブラリーにより公開されているデータにより作成しました。詳細は以下のようになります。

ゲーテ全集 第十巻「伊太利紀行」
著者 ウォルフガング・フォン・ゲーテ
訳者 岩崎真澄
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/978877


 この本には次のような特長があります。

1,多数の図版の収録
 ゲーテの訪れた場所や、ゲーテが見た絵画・建築などの写真を、主にウィキペディアやウィキメディア・コモンズより著作権フリーのものに限って多数収録しました。ゲーテが表現したかったことをこれまで以上に理解できるとともに、また旅行案内記としても楽しめるようになっています。
2,懇切丁寧な注
 割り注の形で、多数の注をつけました。これは、原訳書にあるものに、編集者が独自に加えたものです。
3,新字・新かなによる表記
 収録にあたっては、旧仮名遣いを新仮名遣いに改めました。また、旧漢字を新漢字に改めました。さらに、読みにくい漢字にはルビを振りました。
4,読みやすい表現
 表現を、原書やその忠実な英訳及び他の翻訳書と比較しながら、現在の日本語に近くなるように大幅に改めました。地名・人名は、現在用いられている読み方に変えました。
 

(イタリア紀行について)

 ゲーテは、一七七五年以来、ワイマール公国のカール・アウグスト公の依頼を受けて、ワイマールに移り、そこで閣僚となった。ゲーテは文学を離れ、政務を取り仕切った。またこの頃、シャルロッテ・フォン・シュタイン夫人との恋愛関係に陥った。そして、一七八二年には神聖ローマ皇帝ヨーゼフ二世により貴族に列せられヴァイマル公国の宰相となった
 しかし、ゲーテは、一七八六年、ワイマールのアウグスト公に無期限の休暇を願い出、九月にイタリアへ旅立ったのであった。もともとゲーテの父がイタリアが好きであったこともあり、ゲーテにとってイタリアはかねてからの憧れの地であった。出発時ゲーテはアウグスト公にもシュタイン夫人にも行き先を告げず、イタリアに入ってからも名前や身分を偽って行動した。出発時にイタリア行きを知っていたのは召使のフィリップ・ザイテルただ一人で、このことは帰国後シュタイン夫人との仲が断絶する原因ともなったという。
 このイタリアへの旅は、ゲーテにとって、「ドイツにおいて自分を苦しめ悩ました肉体的・精神的な病気を治癒すること」が目的であった。

 ゲーテはまずローマに宿を取り、その後ナポリ、シチリア島を訪れるなどし、結局二年もの間イタリアに滞在した。ゲーテは書簡でこの時のことを次のように書いている。

 「ローマに入った日は、私の第二の誕生日である。真の再生日である。新たな青春、第二の青春、新しい人間、新しい生活が始まるのだ。」

 ゲーテはイタリア風の服装をし、イタリア語を流暢に操り、この地の芸術家と交流した。その間に友人の画家ティシュバインの案内で美術品を見に各地を訪れ、特に古代の美術品を熱心に鑑賞した。午前中はしばらく滞っていた文学活動に精を出し、一七八七年一月には『イフィゲーニエ』をこの地で完成させ、さらに『タッソー』『ファウスト断片』を書き進めた。また旅行中に読んだベンヴェヌート・チェッリーニの自伝を帰国後にドイツ語に訳しており、さらに三十年後にはイタリア滞在中の日記や書簡をもとにして書いたのが、この『イタリア紀行』である。
 一七八八年にイタリア旅行から帰ったゲーテは芸術に対する思いを新たにし、宮廷の人々との間に距離を感じるようになった。ゲーテはしばらく公務から外れたが、イタリア旅行中より刊行が始まった著作集は売れ行きが伸びず、ゲーテを失望させることになった。なお帰国してから二年後の一七九〇年に二度目のイタリア旅行を行なっているが、一回目とは逆に幻滅を感じ、数ヶ月で帰国した。



(ゲーテについて)

 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは一七四九年にドイツ中部フランクフルト・アム・マインの裕福な家庭に生まれました。詩人、劇作家、小説家でありまた自然科学者、政治家、法律家でもあります。
 ドイツを代表する文豪であり、小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』『親和力』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残しました。
 その文学活動は大きく三つに分けられます。初期のゲーテはヘルダーに教えを受けたシュトゥルム・ウント・ドラングの代表的詩人であり、二十五歳の時に出版した『若きウェルテルの悩み』でヨーロッパ中にその文名を轟かせました。後年、『若きウェルテルの悩み』の愛読者であったナポレオンはゲーテを見るなり「ここに人有り!(Voila un homme!)」と叫び感動を表したという逸話が残っています。
 その後ヴァイマル公国の宮廷顧問となりしばらく公務に没頭しますが、シュタイン夫人との恋愛やイタリアへの旅行などを経て古代の調和的な美に目覚めていき、『エグモント』『ヘルマンとドロテーア』『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』などを執筆、シラーとともにドイツ文学における古典主義時代を築いていきます。
 シラーの死を経た晩年も創作意欲は衰えず、公務や自然科学研究を続けながら『親和力』『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』『西東詩集』など円熟した作品を残しました。大作『ファウスト』は二十代から死の直前まで書き継がれました。ほかに旅行記『イタリア紀行』、自伝『詩と真実』や、自然科学者として『植物変態論』『色彩論』などの著作を残しています。
 また弟子のエッカーマンによる「ゲーテとの対話」は、この天才の実生活の中の言動を伝える貴重な資料となっていて大変興味深く、様々な示唆を与えてくれます。



(古典教養文庫について)

古典教養文庫は、日本のみならず広く世界の古典を、電子書籍という形で広めようと言うプロジェクトです。以下のような特長があります。

1、古典として価値あるものだけを
 これまで長く残って来たもの、これから長く読み継がれていくものだけを選んで出版します。

2、読みやすいレイアウト
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