いのちささげて-戦中学徒・遺詠遺文抄: 国文研叢書 No.19

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【はしがき(一部)】

「いのちささげて」と題したこの本には、――戦中学徒・遺詠遺文抄--といふ副題が添へられました。
 これは、大東亜戦争における戦歿学徒の遺詠遺文のほかに、学徒出陣でありながら終戦直後に壮烈な自刃をした者の遺詠遺文、さらには、これらの諸君が出征する以前に、これらの諸君とともに一心同体となつて、当時全国の旧制高等学校、旧制専門学校、ならびに官公私立の旧制大学に在学中、それらの学内にはびこつてゐた“日本の精神文化に対する軽蔑の言辞”またそれを不問に附してゐた“学風”に対して、学生の身を以て身を挺して戦ひ続け、つひに不幸にも病魔に斃れていつた諸君についても、その遺詠遺文をあはせてここに収録いたしました。そのため、戦歿学徒のものが主ではありますが、あへて“戦歿学徒”とはせず“戦中学徒”の名を本書の副題に冠したわけであります。
 学業半ばにして軍籍に投じ、苛烈な戦局にあつて壮烈に戦ひ、その魂塊を祖国日本の悠久の生命に投じた人々と、死せる場所は戦場とかかはりなくとも、尊い生命を燃焼しつづけて学園の正常化に身を挺した人々との間に、深い友情の絆が結ばれてゐることを確認しつつ編集されたのが、この書物であります。なほ本書は続刊も計画されてをり、計約五十名の“戦中学徒”の遺稿が収録される予定になつてをりますが、本書には戦歿学徒七名、自刃学徒一名、病歿学徒四名、計十二名(数へ年十七歳から二十九歳まで)のものを収録いたしました。これらの青年の間に通ひ合つてゐた“祖国日本の伝統への随順と没入”の精神は、必ずや読者各位のお心に深い感銘を与へずにはおかぬであらうものがあると信じてをります。

 この「遺詠遺文抄」の編集は、これらの諸君とともにその時代に学徒であつた仲間たちによつて、戦後直ちに企画され、その後、昭和三十一年に現在の「国民文化研究会」が生れて、鹿児島県霧島で「第一回合宿教室」を開いたその時から、さらに一層の熱意をもつて取り組み出したことでありました。しかし、いくたびかの挫折をのりこえ、やうやくにして第一冊目をここに上梓する運びに至りました。三十年といふ月日はは過ぎて見ればアッといふ間のやうでもありますが、さき逝きし友らのありましし日々のことは、年月を経るに従つて鮮明に甦つてまゐり、委員諸氏を中核にして多くの同人の方々の“果たさずにはやまぬ”追億の一心が凝つて、ここに至り得たのであります。
 住所もわからぬご遺族を探し求めて遠く訪ねる作業も、各委員諸氏が、多忙な生業・勤務生活の合間を縫つてのことでありました。さき逝きし友らへの敬仰と思慕の情なくしては、到底なしうることではなかつたと思ひます。逝きし友らの「死にやう」「生き方」が、本書を通じて、いまの若い人々に通ふものがありとするならば、在天の霊もいかばかりか喜びたまふことと思はれます。かくあれかし、と祈念しつつ、この「はしがき」の拙文とさせていただきました。

【目次】

はしがき
ここに登場する学徒たちが、在学中に所属してゐたグループとそのグループ活動について
凡例
目次
一 寺尾博之 (自刃・二十五歳)
二 百武禮之 (戦死・二十五歳)
三 吉田房雄 (戦死・二十九歳)
四 名川良三 (戦死・二十七歳)
五 石綿一郎 (戦死・二十五歳)
六 米重政行 (戦死・二十四歳)
七 加藤信克 (戦死・二十四歳)
八 和多山儀平 (戦死・二十七歳)
九 藤原邦夫 (病歿・二十歳)
一〇 池田正一 (病歿・十八歳)
一一 石田安治 (病歿・十七歳)
一二 江頭俊一 (病歿・二十四歳)
あとがき
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