昭和史に刻む我らが道統

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ページ:329頁
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エディターレビュー
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 はしがき(一部)
・・・思ふに、さうした(戦後の知識人達の)″変節″は、かりにマッカーサーの号令によつて触発せられたにせよ、その″変節の萌芽″または″変節への信念″は、彼らの心中に、すでに″戦前″から宿つてゐた、と見るのが、妥当な判断ではなからうか。私は、さう断言して憚らない一人である。
 なぜならば、本書に書き綴つたわたくしたちの体験の中からは、すでに戦前において、戦中において、表向きは″天皇崇敬″の格好をし、その種の行事の率先に立ちながら、一歩心の奥深く″天皇ヘの帰一″の″確信の有無″を問はれると、全く支離滅裂の学者や教官が、さらには高級官僚にも、上層部の軍人たちにも、全国に充ち満ちてゐたことを示してゐる。「教育勅語」の真精神も、「軍人勅諭」の御教へも、戦前・戦中時期にすでに崩れ出してゐたことを示してゐる。本書は、それらのこと
に触れていくが、戦後の彼らの″変節″が、彼ら自身の心申に、すでに早くから萌してゐたことの種種相を、いささかなりとも立証し得てゐるとすれば、まことに幸ひである。そして、これからの日本での、これらの根深い禍根への対処が、きはめてきびしい課題であることを予知いただければ、さらに、有難いことと思ふ。

 さて本書の中核をなすのは、「本章」と名付けた所の記述であるが、それは、昭和八年から終戦間近かまでの、私の拙い体験を中心にした″回想″である。私の一高入学から卒業、東大法学部に入学しての、学内団体結成、そして停学処分、「日本学生協会」の創立と全国的学生運動の展開、ついで退学処分、さらに「精神科学研究所」の設立と東条内閣批判、憲兵隊に総検挙される、等々の、同志ともども一身を顧みず努力したものの、つひにわが日本の「昭和史」に、表向きでは役立ち得なかつ
たことが、その内容である。

 末尾の「附章」は、私が一高に入学する以前の、一高内における″われらが道統″の紹介であり、また最初の「序章」は、戦後におけるわれら同人の営みである「国民文化研究会」の初期のことを中心にして、紹介したものである。
 なほ、巻末に「附録」として、雑誌『いのち』昭和十三年九月号から縮刷版にして載せた一編は、その年の秋に、私が東大法学部から無期停学処分を受ける原因となつた″拙文″の全文であつて、戦後に進歩的文化人を多数世に送り出した東大法・経学部の、当時の実情の一端を知つていただきたいために、あへて収録した次第である。

 目次
はしがき
序章  "国文研"のMAN TO MAN運動とは(戦後の展開)
本章  "国文研"の道統を辿つて―昭和八年から昭和二十年まで―
 はじめに―田所広泰リーダー、及び昭和八年から約十年間の思想運動の経過―
 一、「一高昭信会」提案の"向岡神社建立"の議をめぐる熾烈な言論戦とその結末
 二、昭和十二年といふ時点での、我らの"文と武"に対する考へ方。「東大精神科学研究会」の創立、「東大文化科学研究会」による月刊『学生生活』の発刊、「小田村事件」の発生と無期停学処分
 三、「日本学生協会」の創立、全国四百名の学生による"菅平合宿"敢行、日比谷公会堂の大講演会、地方別・思想訓練合宿の開催
 四、小田村問題の結着、矢部貞治先生との往復文書、『矢部貞治日記』で見る先生のご心境
 五、「日本学生協会」所属学生に対する高専・大学当局の"処分措置"続出、"国会"で三代議士、橋田文相に対し学生協会支援の質疑を展開、「学生協会」の運動さらに拡大、東大さらに二学生を"退学処分"、学生らは、「出征学生留魂大会」を共立講堂に開催
 六、民間に「精神科学研究所」を創立、全幹部を結集、「学生協会」の学生運動と並行して、世の政治・思想動向に対処、東京・大阪で『日本世界観大学講座』を開設
 七、大東亜戦争勃発、シンガポール陥落祝ひで「精研」所員一同は改めて果敢な"東条批判"を展開、昭和十八年二月「東京憲兵隊」に"総検挙′′、「精研」「学生協会」とも強制的に解散を命ぜらる

附章"国文研"の道統の"初期"を辿つて―大正十五年から昭和七年まで―
 一、一高の学内文化団体「瑞穂会」と創立者。沼波武夫(瓊音)先生
 二、沼波瓊音先生と黒上正一郎氏の出会ひ、梅木紹男氏のこと
 三、一高の学内文化団体「一高昭信会」の創立に当つての創立者・黒上先生と梅木紹男さん、四人の一高生
 四、「一高昭信会」が目指した"学問"とは、「信」とは
 五、"同信の友"から生れる協力体制"同信協力"が黒上先生と一高生のあひだにも生れた
 六、「一高昭信会」は機関誌「伊都之男建」を発刊、新しく三井甲之先生を師と仰ぐ
 七、『アカネ』誌から『人生と表現』誌が生れる、三井甲之先生の活躍―"明治天皇御製"への真剣な取り組み、"個体生命"は"全体綜合生活の部分"であることの宣言―

付録 昭和十三年九月号の『いのち』掲載論文―「東大法学部に於ける講義と学生思想生活」―
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